しがしが留学記:マケドニア地方を旅して-サラカチャニ人との出会い

ギリシャ第二の大都市・テッサロニキのアリストテリオ大学哲学部で訪問研究員生活を送る福田耕佑が、ギリシャ滞在生活を通じた留学記をつづる「しがしが留学紀」。ギリシャ・マケドニア地方の山村を旅した旅行記でギリシャ・ポンドスのメディアにも取り上げられるなど大きな反響を呼んだ第10回に続き、今回第11回は再びマケドニア地方から、セッレスの街と、知られざるサラカチャニの人々の歴史についてつづります。

・福田耕佑のテッサロニキ「しがしが」留学記:過去記事はこちらから!


Γεια σας(ヤア・サス)!皆さん、こんにちは!ギリシアはマケドニア地方のテッサロニキ留学中の福田耕佑です。今となっては随分昔になってしまいましたが、今日は2019年のクリスマスに訪れたセッレス(Σέρρες)という街のお話をさせていただきたいと思います。

セッレスはブルガリアとの国境に近いと言えば近い位置にある街で観光地としてそれほど有名だというわけではないので、訪れたことのある方は多くないかもしれません。テッサロニキからバスで一時間から一時間半ぐらいの距離にあるのですが、私はテッサロニキでよく「セッレスのブガッツァ」や「セッレスのスヴラキ」のように「セッレスの」と付いた食べ物屋さんをよく目にしていたので、何だか気になっていました。

残念ながらコロナ禍のためこの目で確認できなかったのですが、セッレス市近隣には昔から伝わるオイル・レスリングの伝統や、大昔の儀式に由来する火の上を歩く「アナステナリア」という謎(?)の祭り等もあるそうです。そして歴史的にはブルガリア人やセルビア人、そしてトルコ人等多くの民族を統治者として迎えた経緯があって街には正教の教会だけでなく昔の廃モスクなども残されており、多様な歴史を感じさせられます。

正教会
街はずれの廃モスクその一
街はずれの廃モスクそのニ
ビザンツのアクロポリより、Zenカフェ
ビザンツのアクロポリより、セッレス市を一望

街の様子はこのような感じですが、今回皆様に紹介したいのは「サラカチャニ民俗博物館」という名前の博物館です。当時私はサラカチャニという言葉を知らず、この民俗博物館を見た時に「サラカチャニって何やろう」と不思議に思い、見学希望者は電話するようにと入り口に書かれていたのでとりあえず電話をしてみると、何と博物館を開けてくれることになりました。

サラカチャニ民俗博物館

サラカチャニ(Σαρακατσάνοι)とは何ぞやということを簡単に言いますと、主にピンドス山脈やブルガリア等にまで至る山岳地帯で放牧をして暮らしていたギリシア人の一派のことです。現在ではほとんどの人が都市に住み山での放牧生活を放棄しているようですが、セッレスの民俗博物館の他にテッサロニキにもサラカチャニの人々の公民館のようなものがあり、サラカチャニとしてのアイデンティティを現在でも保ち生活していることが伺えます。

コロナ禍が流行する前とはいえクリスマスの12月25日の17時という何とも申し訳ない時間に、私たちのためだけに博物館を開けてくださり一つ一つ丁寧にサラカチャニの人々の歴史や展示物について、何と四時間近くも説明していただいたことに感謝の念を感じると共に深い感銘を受けました。説明によると、彼らはギリシア人ですのでギリシア語を話していましたが、彼ら独自の方言を話していたり多くの独自の風習を有していたりしたそうです。また同博物館には民族衣装や美しい柄の絨毯等が多く保存されており、一つ一つ見せていただきました。その多くを写真に収めたので全部お見せしたいぐらいですが、ここではそれらの極一部をお見せしたいと思います。

昔のサラカチャニ人の様子
左:テクスチャーその1、右:テクスチャーその2

彼らが遊牧をして暮らしていたというのは伊達でなく、美しい可動式住居と申しますか、テントのような家に住んでいたようです。外から見てもなかなかインパクトのある住まいですが、中もとても美しく、美しい絨毯や装飾はもちろん多くの家具や器具が十分に備えられていたそうです。今でも、Wi-Fiさえあれば普通に住めるのではないかと思ってしまったほどでした(笑)。

伝統的住居
伝統的住居の内装
夫婦で写真を撮っていただきました!

いかがでしょうか?私はこの時までギリシア人の中に山に居住し放牧生活を送っていた人々がいることを知りませんでしたが、時間的にも地理的にも広大なギリシアの多様性を強く印象付けられました。博物館で聞いたところでは、過去にドイツ人やイギリス人などの西欧人たちの中にはサラカチャニ人が古代ギリシア人の末裔ではないか、或いはその特徴を多く残しているのではないかと考えたこともあり、一定以上の研究がなされてきたようで私もサラカチャニに関する本をいくらかわけていただきました。日本でもまた彼らに対する関心や研究が進んでいけばいいなぁと個人的に考えております。

左:英語書籍、右:フランス語書籍
左:ギリシア語書籍、右:サラカチャニの人々の民話集

今回の記事は以上になります。近いうちにまたギリシア北部の山間部に関して私が行ったところや発見したものについて書かせていただきたいと思います。ギリシアと言えば美しい海と世界史に決定的に影響を与えた古代に注目が集まるのはもっともですが、山間部や近現代の文物にも興味深いものが多く残されており、自分が見て触れた範囲というわずかなものではありますが、紹介していければと存じます。今回もお読みいただきありがとうございました。また次回、Γεια σας(さようなら)!

中心部の飲食店街より
セレスのスヴラキ
セレスのカフェのお洒落なホットケーキ(お店のInstagram: @tales_serres)

写真 © 筆者提供

福田 耕佑
福田 耕佑
京都大学文学部非常勤講師。専攻はニコス・カザンザキスを中心とした近現代ギリシア文学・思想史。主な著作に翻訳「ニコス・カザンザキス著 『禁欲』京緑社 2018年」、ギリシア語での著作に«ο Καζαντζάκης και η Ελληνικότητα» στο «Νίκος Καζαντζάκης, Η απω-ανατολική ματιά» (Επιμέλεια Έλενα Αβραμίδου, Ένεκεν, 2019 )。

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