ソプラノ歌手マリア・デヴィツァキ(Mária Devitzaki)と、振付師・ダンサーのリアノン・モーガン(Rhiannon Morgan)というギリシャ人女性アーティストのふたりが、日本の能の秘密を探求するため京都を訪れた。
今回二人は京都の片山家能楽・京舞保存財団に滞在。能の文化に深く分け入り、芸術的発見をするという貴重な体験を得ることができたとして、その喜びを語ってくれた。
2025年に開催される大阪万博で発表される予定の次回作『Enypnion 夢』にインスピレーションを与えたその貴重な体験について、私たちと共有してくれたことに感謝したい。
人生経験
私たちにとって、能楽の観世流能シテ方として活躍する片山家能楽・京舞保存財団の理事長の十世片山九郎右衛門のもとで学ぶことは、文字通り一生に一度の体験でした。
片山家は享保13年(1728年)没した初代九郎右衛門豊貞に始まり、現在まで代々優れた芸術家を輩出する名門です。この優れた芸術家の中には、人間国宝(重要無形文化財各個指定)の認定を受けた井上愛子(四世井上八千代/京舞)、四世長男・片山幽雪(九世片山九郎右衛門/能シテ方)、片山幽雪の長女であり、井上愛子の孫である五世井上八千代(京舞)が含まれています。
したがって、このような歴史ある一門が、日本人ではないギリシャ出身の二人の女性アーティストにその扉を開いてくださったということは、私たちにとって得難い機会となりました。
今回のレジデンシーは、ルクセンブルク文化省、ルクセンブルク芸術評議会のKultur | lx 、そして日本大使館ならびにルクセンブルク大使館の支援により実現したものです。
能の本質を生きる
私たちの旅は、能の面(おもて)と装束の象徴性と構造について学ぶことから始まりました。それぞれの面には、役柄の本質と精神が込められており、私たちは能の演者が獲得すべき深淵な感情の広がりを探ることができました。また、私たちは天人の装束と蓮の花が立てられた天冠をはじめ、17世紀に作られたという男面をつける機会に恵まれました。
稽古には、私たちが慣れ親しんでいる西洋美術のダイナミックなスタイルとはまったく対照的な、能の特徴である繊細かつ規律ある所作を体得することも含まれていました。また、能のある作品について、準備の最も奥深いプロセスー能の世界において卓越するために必要とされる献身について、私たちに貴重な視点を与えてくれた何か-について学びながら、リハーサルを見学させていただきました。
芸術の秘密を発見
このレジデンシーには学習と教育だけでなく様々なプログラムが含まれていました。私たちは、台詞をひとつひとつ追い、優れた能楽師によって音楽、舞、ドラマが調和をもって融合する様を目の当たりにしながら、観世会館での能公演を幾度も観劇しました。こうした観劇体験の中でももっとも感動的であったのは、奈良の天河大辨財天社で行われた能の精神的および儀式的重要性を強調する神前での能の奉納を鑑賞したことでした。
さらに、私たちの文化への旅には、芸妓・舞妓によって入念に準備される毎年恒例の音楽劇である「都をどり」など、能以外の伝統芸能の公演も含まれていました。
片山家能楽・京舞保存財団での滞在は、私たち二人にとって、アーティストとしての革新をもたらしました。私たちは能への深い理解を得ることができましたが、また同時に片山九郎右衛門のような能楽師の献身的な姿勢と高い芸術性にも強い刺激を受けました。
私たちの次なるステップ
日本での私たちの経験は『Enypnion 夢』というタイトルの次の創作の基礎となります。古代ギリシャ語とそれに対応する日本語の「夢」から題を取ったこの公演は、東洋と西洋が出会う夢のような光景を生み出すことを目的としています。オペラの音楽と劇的な激しさ、コンテンポラリーダンスの流動性とモダニズムを、ミニマルで特別な美学を備えた能の動き、象徴性、儀式と組み合わせ、深みと神秘を加えています。
私たちの次のなるステップは、2025年大阪万博への参加です。片山家能楽・京舞保存財団との協力関係は今後も継続し、西洋と東洋の伝統の間の文化の架け橋として機能する積極的なつながりを確立していきます。
片山家能楽・京舞保存財団での私たちの旅は、芸術という、世界共通の言語を通じて創造することが可能な芸術的な探求と繋がりの不朽の精神の証しなのです。