
昭和35年(1960年)日展作品作家主要メンバーであった棟方志功、前川千帆、永瀬義郎、木和村創爾郎、中田幾久治、馬渕聖、朝井清、武田由平、武藤完一、泉田康治を委員として設立された日本版画会は、版画芸術を持って各自の創作活動を発展させ、その地位の向上を図り、社会全体の文化の活性化と版画教育の充実と振興に寄与することを目的とする団体だ。今年で62回を数える日本版画会展を主催する同会は、日本ギリシャ修好120周年記念事業として2019年年3月ギリシャ・ピレウスで行われたギリシャ版画家協会との展覧会である「日希現代版画展」を契機に、ギリシャとの絆を深めている。
そんな日本版画会の会長として精力的に活動を続けるだけでなく、ひとりの版画家として作品の制作にも情熱を傾ける高野勉(こうの つとむ)氏にGreeceJapan.comがインタビュー。ギリシャとの関わりについて、また両国の版画芸術について、ありのままを語っていただいた。
インタビュー:永田純子(Junko Nagata)
今年、アテネで現代日本版画の展覧会が、そして東秩父で現代ギリシャ版画の展覧会が開催されたところです。新型コロナウイルス感染症による困難のもとでの開催となりましたが、どのようにして開催の実現にまでこぎつけられたのでしょうか。
2年連続で版画フォーラムを中止することはできません。何とか開催できないかと考え、色々な催しを控え、密を避ける工夫を行い、後援者とも協議したところいつも通りの応援が得られました。
6月の開催でしたが、3月ころからは出品者、鑑賞者両方から問い合わせが来るほどで、実際にふたを開けたら出品点数も大きな減少には至らず、鑑賞者も1,400人と、前回対比200人減という状況でした。開催中は説明などは避け、換気に留意して感染予防に注意しました。一緒に行った協賛展などは会場規模も小さく、各主催者の取る感染予防策によって、クラスターなどは起きませんでした。
日本版画会とギリシャ版画家協会との協力関係は、近年のギリシャと日本との間の交流の歴史の中で最も重要なものの一つです。二つの団体がどのようにして関係を築かれて来たのか、そのきっかけからお教えください。
在ギリシャ日本国大使館から日本・ギリシャ修好120周年記念事業への協力要請がありました。2019年3月にギリシャ・ピレウス市において日本・ギリシャ現代版画交流展を開催したのが契機です。その時、ギリシャ版画家協会が日本での版画展の開催を希望され、それを東秩父村と東京で実現したことで、信頼関係の構築に結び付きました。
ギリシャの現代版画は日本の現代版画と比較して大きな違いがあるのでしょうか。また、ギリシャの現代版画の特徴は何であるとお考えですか。
両国の版画には、その同一の情報を多くのかたが保持して鑑賞するという原点は同じだと考えますが、その発展過程にはそれぞれのお国柄があるように感じています。ただこれは私がギリシャ版画家協会のかたの作品しか見ていませんので、他にどのような作家がいるのかわかりませんし、その作品も知りませんので、軽々に申し上げることはできませんが、今回展示された作品でのみ考えれば、非常に精神的に深みがあり、哲学的で啓蒙的なギリシャの作品と、風景や花など装飾的な傾向の強い日本の作品という違いがありました。
日本には浮世絵という伝統があります。生活の中に溶け込み、生活を和らげる役割を果たしてきた浮世絵の、その方向性は今も多くの日本の版画家に受け継がれて、いい意味でも悪しき意味でもその影響を強く受けているのが私たちです。社会的な主張は奥に隠れるかあまり強くなく、風景など多くのかたに受け入れやすく、空間を和らげる表現法が取られています。
これに比べギリシャの作品には、強い主張が感じられます。ギリシャの現状や歴史性を良く知らない私には、難解な部分がありました。しかしこれは私たち具象表現の作家がみての見解ですので、他の表現法を得意とする日本の作家が見た場合、別の意見があると考えます。日本の作家でも「現代」と名を打った作品では、展覧会や美術雑誌など見る限り、哲学的な表現の作品を観ることも増えており、私もその作品から感じるところがありますので、このかたがたなら異なる見解をお持ちになるでしょう。
私も展示準備のためにギリシャの作品を繰り返し見て、さらに添付された作家のコメントを自動翻訳などして読むことによって、作家が何を表現したいかがある程度わかり、合点のいく作品も複数ありました。ギリシャの歴史や文化などを良く知っていれば、作品を見抜く力が育まれてくるものと考えます。
この二つの異なる作風の版画が出会ったことはむしろ幸運のことと感じています。両極に違う表現方法だからこそ、ここから新たな融合が生まれてきたら、それが最終目標の達成のような気がします。
2019年にアテネで開催された日本・ギリシャ現代版画交流展のためにギリシャを訪問されましたが、これが初めてのギリシャへの旅でしたでしょうか。また、2019年の訪問の際の印象についてお教えください。
私は初めてのギリシャ訪問でした。同行したかたの中には何回目かの方もいました。印象はその歴史性の豊かさと、エーゲ海の色でしょうか。人は温かく友情に満ちていたと感じています。日本との歴史的エピソードの中に良いものがあることも知りましたので、次は北の方にも足を延ばしたいと思っています。2020年11月にも再訪問の計画がありましたが、コロナウイルス蔓延で果たせなかったのは残念です。
ギリシャの版画家たちへ、高野先生からメッセージをお願いします。
大変フレンドリーで研究熱心な方々と感じています。それぞれ時間的制約のある訪問ですから、余裕がありませんがもう少しゆっくりと交流したいものです。できれば、それぞれの国で制作することなどができればより分かり合えるものと考えています。
ありがとうございました。東京・上野の東京都美術館で今年2021年11月26日(金)から12月2日(木)まで、ギリシャ版画家協会の作家らの作品も展示される第62回日本版画開展の成功をお祈り申し上げます。
[ 第62回(2021年)日本版画会展 ]
開催日時:2021年11月26日(金)〜12月2日(木)午前9時30分〜午後5時30分(入場はPM4:30まで)
開催場所:東京都美術館 ロビー階 第3・4展示室(東京都台東区上野公園8-36)
入場無料・ギリシャ版画家協会所属の版画家による作品も同時展示。