今年4月、ギリシャの出版社フィラトスから、ティナ・マヴロプール氏がギリシャ語で日本の家庭料理を紹介するレシピ本『Σπιτικές ιαπωνικές συνταγές(日本の家庭料理のレシピ)』が出版された。この書籍は、ギリシャで発行された初の日本の家庭料理を紹介するもので、51の日本の家庭料理のレシピが掲載されている。周囲には日本をこよなく愛する者として知られる”ティナさん”は、多くのギリシャ人に日本の家庭料理を作ることを、出版したその書籍で可能にしている。
日本と日本食に情熱を注ぐ彼女の「美味しい」インタビューに感謝したい。
インタビュー:永田純子(Junko Nagata)
あなたは日本料理だけでなく、日本文化全般に関心を持たれているように思います。あなたの人生において、日本のどのようなものに関心を持たれているのか、またそれがどのように始まったのかについて教えてください。
私にとって、日本には様々なテーマがあり、それらはすべて、長年にわたって私の人生の日々に影響を与える特別なものです。それは、華道や生け花、文学、座禅、陶芸、造園、そして現在は料理と、人生における美学への私の愛と関心を表しながら、長年にわたって広がっていきました。日本に私は、自分が満たされたと感じるために足りなかった文化を見出したのです。20年前に端を発するかけがえのない友情をきっかけに、私はさらに多くのことを知るようになり、日本の日常生活の中に生きる文化を見出すことができました。夢や、文学に描かれた富士山と金閣寺の前に私が立ったその時、まさにこれらが現実のものとなったのです。
あなたのレシピ本はとても詳しく、充実していますね。このような形でギリシャの家庭に日本の料理が紹介されるのは初めてのことだと思います。本が完成するまでどれくらいの時間がかかったのでしょうか。
レシピ本を作ろうと思ったその時から、完成までにおよそ1年半から2年程の時間がかかりました。いくつかのレシピでは、何度も料理しては修正することを繰り返しました。出来上がったメニューを試食し、写真撮影も行い、そうした中で必要であれば別のレシピに置き換えたりもしました。シンプルで、それでいて正しい料理法で、またビーガンやグルテンフリーにも対応できるよう、レシピにバラエティを持たせたいと考えていましたし、そうなっていればと思います。多くの方々が、この新たな味わいへの挑戦に何かを感じていただけることを祈っています。
あなたにとって、日本の食文化に馴染むのは簡単なことだったのでしょうか。
箸を使ってものを食べることを学ぶように、初めははぎこちないものが、やればやるほど上達し、その後は何も考えなくなるようなものだと思います。私たちギリシャ人にとっては、その食文化こそが異なっているのであって、単に食材や調理法が異なっているのだと言うつもりはありません。私たちギリシャ人は、喧噪の中で素早く多くの料理を食べることが往々にしてあり、食について、美的感覚を失っているのではという懸念があります。日本食は、こうしたことを私たちに気づかせてくれるのです。私が日本に滞在した時には、あらゆる環境が整っており、またすべてが自分が思い描いていたとおりのものでした。こうして私は、日本の家庭料理に向き合うための勇気とインスピレーション、そして意欲を手にしたのです。見つけ出すものはまだ数多くあるものと考えています。
日本の家庭料理をどうやって学ばれたのでしょうか。
20年前、当時家族とともにギリシャに滞在していた私の友人、マミコとお寿司を作ったのがその始まりです。私は彼女にギリシャ料理を教え、彼女はサラダや抹茶ケーキのレシピを教えてくれました。また、ギリシャに永住する別の友人、ケイコがコロッケを作ってくれたのも印象的でした。2019年に私が日本から帰国する頃には、5つから6つの日本食を作れるようになっていました。日本家屋に住んでいましたので、どうやって料理しているのかを学びたいと考えていたのです。この時私は日本の食器類、料理の多様性、ギリシャとは異なる調理用具、そしてその健康的な料理に魅了されました。私の隠れた情熱は、日本人が食べているそのままのものを作ることだったのです。幸い、ギリシャで食材を見つけることができ、数々の日本食を作ることができました。
ギリシャで日本食の食材を見つけるのは簡単なのでしょうか。
私の著書『Σπιτικές ιαπωνικές συνταγές』で紹介されている日本食の食材はすべてギリシャ国内で見つけたものです。ギリシャ国内で食材を入手できることが、書籍に掲載するレシピを選ぶ上での条件でした。今では、規模の大きなスーパーマーケットに行けば、海苔、みりん、米酢、麺類、枝豆が売られており、アジア食材店に行けば、様々な種類の醤油、味噌、カレールー、鰹節、油揚げ、パン粉のほか、オーガニック製品まで入手することができます。私たちがふだん買うような野菜や肉、そして魚は言うまでもありません。これで足りないのは、私が自宅のベランダで栽培しているシソの葉と、家で作れる天かすくらいでしょう。
あなたが最も苦労した日本食は何でしょうか。
日本食が難しいとは言いませんが、正しいレシピを作るのは挑戦だと言えますね。私の大好きなたこ焼きは、専用のたこ焼き器で作るのも難しいですし、ラーメンのスープはシンプルでありながら、作れば作るほど味わいに深みが増す奥深いものです。
どの料理を作るのがお好きでしょうか。
家族の皆が美味しいという間違いない味は、お好み焼きとそぼろ丼でしょうか。私はサラダの類はみんな好きですが。もちろん枝豆も大好きですし、照り焼き豆腐も欠かさず作っています。
あなたの本のレシピの中から、ご主人のためにまず作ろうと考える料理はどれでしょうか。また、あなたのお子さんに作るならば、どの料理でしょう。
特に私の夫を喜ばせたいと思う時は、手羽先とポテサラを作ります。私の息子について言えば、箸で食べるものはみんな好きなのですが、家族の皆にとって、味噌汁だけはどれだけ作っても足りないですね。
日本食を作りたいと思う日本の味覚の初心者の第一歩として、どんなレシピを勧めますか。
ほとんどのレシピは簡単ですぐに作れます。サラダも野菜料理もすべてね。ピリ辛の枝豆、焼きおにぎり、照り焼き豆腐、焼き鳥も簡単で美味しいと思います。カレー風味のチキンやチャーハンも間違いないでしょう。でも、日本食を探求したいと思うのなら、基本的な料理の知識があれば十分です。
あなたの経験から、ギリシャ人が日本食を料理するときにすべきこと、またすべきてないことは何でしょうか。
調理のプロセスをひとつひとつ楽しみながら、使う特別な食材について知り、美味しい一皿を振る舞い、パンのことを忘れることでしょうか。日本の食卓にパンはありませんが、こうした食事はギリシャ人にとってよい影響を与えると思います。私たちはたくさんのパンを食べますから。
なぜ日本食はギリシャだけでなく世界中で人気があるのでしょうか。日本食を魅力的なものにしている主な理由は何だと思われますか。
私の考えでは、その主な理由は、うま味を主体とした五味を最大限に引き出す食材の組み合わせなのではと思います。これは、健康的な食事以外にも、日本食の見た目に反映される哲学を際立たせるものです。わずかな食材を用い、見た目も美しく、豊かな味わいをもち、多彩な食材を醤油、ガリ、ワサビを使って楽しむ、誰もが知る寿司を考えてみてください。
ギリシャ料理と日本料理の最大の違いは何でしょうか。
日本料理の特徴は、様々な食材から作られるほどよい量の料理でしょう。そこにはご飯または麺、そして味噌汁が一緒です。これに対し、ギリシャ料理では、たとえばパスティチョ(ひき肉、マカロニ、ベシャメルソースなどを重ね焼きしたオーブン料理)とホリアティキ・サラダのように、サラダとパンと一緒に量が多めの料理が食されています。また、ギリシャのスイーツは、グリコ・クタリウ(スプーンスイーツ)、バクラヴァ、パステスなど、砂糖を多く使ったものです。和菓子は甘さ控えめですが、独特の豊かな味わいがあります。このほかにも、素晴らしい陶磁器、またその他の材料で作られた多彩な食器が特徴として挙げられるかと思います。私たちの家庭では、深皿、小皿、大皿までそろえています。それと、日本では食事の際、主に箸が用いられていますね。
きっと美味しい組み合わせとなるであろう、ギリシャと日本の味を融合させた新たな料理を考えられたりするのでしょうか。それとも、こうしたフュージョン料理にはご興味をお持ちではないのでしょうか。
今のところ、こうした組み合わせには興味がありません。私は今でも、日本ならではのうま味を見つけ出し、それを楽しむことにこだわっています。
日本人にぜひ食べてほしいギリシャ料理を教えてください。
夏に向けたトマトとピーマンのゲミスタ(肉詰め)やムサカ、パスティチョ、ドルマダキア(ブドウの葉で米やひき肉などの食材を包んだもの)、それからファバ(豆のペースト)でしょうか。それに、お手製のパイシートを使ったスパナコピタ(ほうれん草のパイ)とティロピタ(チーズパイ)、そしてもちろんザジキとフェタチーズの入ったホリアティキ・サラダですね。
あなたの日本に関する次なる「美味しい」一歩が何か教えてください。おそらくそれは、2冊目の本、または料理教室の開催ではないかと思います。
私の次の一歩は、日本に再訪することです。友達に会いたくてたまりません。そして、日本で和菓子の教室に参加したり、いろいろな日本料理を作ってみたいと思っています。様々な食材を近くに感じたいですね。また別のレシピ本や文学作品を出版するかも知れませんが、いずれにせよ、時の流れが教えてくれるでしょう。これまでに多くの友人たちから料理教室を開催してほしいと言われていますが、必要な組織・団体が機能し、ふさわしい場所が準備できるのならば、実現するかも知れませんね。
あなたの本の各章の扉に掲載されている俳句などの日本文学の文章に感銘を受けました。日本文学の文章を載せたレシピ本はこれまでに見たことがありません。 どのような理由でこの形になったのか教えてください。
レシピを書き終えた時、私にはちょっとした気がかりがありました。それは、料理の写真を添えること以外に、どのようにして、日本の一部であるその美学と食文化との繋がりを示すことができるのか、ということです。私はこれまで文芸に携わり、最近では俳句や短歌を詠みながら日本文学にも関わりをもち、いつかは俳文もしたためてみようと考えていたところでした。そこで、各章のカテゴリーにその鍵となるような一文を載せればどうか、と。こうして、食が日本の文化全体と結びつき、日本食に携わる者すべてに資する貴重なものとなると、私は信じています。
今回出版されたレシピ本『Σπιτικές ιαπωνικές συνταγές(日本の家庭料理のレシピ)』の副題には、「いただきます」の言葉が添えられています。これについてお話いただけますか。
序文にも書きましたが、この本の余韻とは、贈り物に対する感謝の気持ちなのです。どこからやって来たものでも、誰が作ったものでも、私たちが手にした食べ物がどれ程遠くから届けられたとしても、日本人のように「感謝の思いで謙虚に受け取りましょう」を意味する「いただきます」と祈るべきではと思うのです。また同時に、私が日本のおもてなしから感じ、経験した感謝の気持ちは、私が受け取った中で最高の贈り物のひとつでした。
ありがとうございました。