テオドロス・テルゾプロスはその偉大なキャリアと優れた作品で、世界で最も重要なギリシャ人演出家だ。世界各国で作品を演出し、あらゆる国の演劇人と作品を作り上げて来た彼はまた、鈴木忠志らをはじめとする世界各国で活躍する演出家・劇作家により1994年ギリシャ・アテネで創設された国際的な舞台芸術の祭典シアター・オリンピックスの提唱者であり、創始者のひとりとしても知られている。
今年2019年第9回目となるシアター・オリンピックスで8月24日(土)・25日(日)の2日間に渡って自身の劇団「アッティス(Άττις)」を率いて富山県南砺市利賀村の利賀芸術公園・野外劇場で『トロイアの女』を上演するテルゾプロスは、これまで日本で30年以上に渡り10作品を上演している。
そんな世界的演出家テオドロス・テルゾプロスにGreeceJapan.comはインタビューを敢行。東京ステーションホテルで今年1月に行われた第9回シアター・オリンピックスの記者会見に国際委員長として報道陣の前に姿を見せた彼に、シアター・オリンピックスについて、長年の友人であり、ともにシアター・オリンピックスを作り上げて来た鈴木忠志氏について、今回上演される『トロイアの女』について、そして日本との絆について語っていただいた。
これまで日本には数えきれないほど訪れて来られたと思いますが、あなたの初来日はいつのことだったのでしょうか。
これまで日本には40回訪れています。初来日は1983(昭和58)で、演出家の鈴木忠志氏が私を利賀に招いてくれた時のことでした。この時は、彼が当時主催していた国際演劇祭に観客として日本を訪れたのですが、あれからもう36年の年月が流れたということですね…実に長い時間です。
忠志とはとても長い付き合いになります。そう、単なる友人としての関係だけでなく、ものを生み出す者同士、創造的な付き合いとしてね。そんな繋がりの中で、私が彼にある時「シアター・オリンピックス」というアイデアを伝えたところ、彼はたちまちそのアイデアに共鳴し、賛同してくれて、二人でこのアイデアを現実のものとすべく動き始めたのです。こうしてまず、ギリシャ・デルフィでシアター・オリンピックスの開催にこぎつけ、その後静岡で開催することが出来たということなのです。
これまで利賀で、そして東京で私の作品を幾度となく上演して来ました。もちろん忠志の作品をギリシャで上演したことも一度や二度ではありません。アテネのイロディオ(注:イロディオ・アッティコン音楽堂)、エピダヴロス、そしてデルフィで。その中でも、デルフィでは3度に渡って当時の彼の新作プレミアを開催した覚えがあります。そう、デルフィ公演のためだけにね。
つまり彼はギリシャ演劇の、ギリシャ悲劇の偉大な友人の一人であり、私たちは彼の古代ギリシャ悲劇における素晴らしい演出を忘れてはならないということなのです。彼は日本の伝統芸術・能にルーツを持つ演出家です。そんな彼が古代ギリシャ悲劇のために創り上げた作品は、私に言わせれば唯一無二のものであり、また演劇界でも最高の作品と言って差支えないでしょう。
彼は友人であり、志を同じくする者同士であり、この36年という長い間に渡ってともに歩んできた戦友でもあります。よき同志であり、ギリシャの魂を持つ素晴らしい友人の一人でもあるのです。私はそんな彼を通じて、日本の文化を愛するようになりました。ええ、それはもう深く…。つまり私は彼を通じて能楽に、歌舞伎に関わるようになり、そうするうちかけがえのない友人である彼の祖国の伝統と文化についてもっとよく知りたいという欲求に駆られるようになったのです。そのうち私は、能楽の持つゆっくりとした時の流れ、エネルギーの蓄積が私に深く影響を与えたことに気づきました。
こうして忠志と二人で静岡を皮切りにシアター・オリンピックスを始め、いつしかこのオリンピックスは利賀へ、そして今年2019年の第9回と回を重ねるまでになりました。どのオリンピックスも素晴らしい成功を収めることが出来ました。もちろん、その劇作に対する考え方だけでなく、その信念においても私たち二人は通じ合うものがあったことは確かですが、もしかしたら、これ程の長い間友人として、切磋琢磨する同志として二人の関係を保って来られたのは、これが理由だったのかも知れません。
イデオロギー、これこそが私があらゆるものの上に置くものであり、私にとっては芸術よりさらに上位のものなのです。つまり、私に誰かが「あの芸術家は素晴らしい」と言うならば、私はまず彼のイデオロギー的な立ち位置を理解しようと試みます。何故なら私にとって、それが最も重要なテーマだからなのです。
今回利賀で行われるシアター・オリンピックスではどの作品を上演される予定でしょうか。
古代ギリシャの三大悲劇詩人のひとりエウリピデスの『トロイアの女』です。
これはキプロス、イスラエル、ボスニア・ヘルツェゴビナといった世界各国の「分断された」国々から集まった俳優たちによる作品です。様々な文化が入り混じった6つの言語による作品であり、平和と人間の相互理解に対するひとつのメッセージでもあるのです。
あるひとつの町が分断され、またこれまで人生を送って来た場所が、周囲を取り囲む壁の外側に置かれたと感じることは正しいことではありません。前触れもなく作り上げられた壁のために、ある時突然その外側に追いやられたと気づく。己の住処から遠く離れた何処かに追いやられる…トロイアのように。『トロイアの女』とはまさにこうした者であり、壁の外に追いやられた者たちなのです。
本作にギリシャ人俳優は出演するのでしょうか。
もちろんです。私の劇団、アッティス(ΑΤΤΙΣ)の優れた俳優たちが出演します。
上演は何語で行われるのでしょうか。
今回はギリシャ語、トルコ語、アラビア語、ヘブライ語、クロアチア語、そしてボスニア語の6つの言語で上演する予定です。
この作品は、「欧州文化都市パフォス」のプロデュースにより2018年ギリシャ・デルフィで私の演劇人生を記念した国際プログラムが行われた際に上演され、大変な成功を収めました。そこから日本、中国、そしてベルリンで上演が行われることになっています。
日本の観客に向けてメッセージをお願いします。
コミュニケーション、そして繋がりでしょうか。我々は他者とコミュニケーションを持たなければなりません。また、人と人の間に壁を作ってはならないのです。つまり、ある一方では国境に国家の壁が存在し、またある一方では他者との間に壁が存在し、互いの意思疎通を断ち切ってしまう。意思疎通のための道筋を作り、全ての壁を打ち破り、倒す。こうして人は再び出会わねばならないのです。これこそが、平和、和解、対話、そしてこれ程進んだテクノロジーから距離を置くといったシアター・オリンピックスの中にも存在する平和へのメッセージなのです。
経済危機の中のギリシャにおける演劇界の状況はどのようなものでしょうか。
確かに深刻な経済危機はありますが、その経済危機の中にあっても芸術が停滞することはありません。演劇界はむしろ以前よりも良くなっているのではないでしょうか。なぜなら、芸術家たちはさらに多くの力を傾け作品を生み出そうと試みており、これがよりよい方向へ向かっている理由であると言えるでしょう。
世に数ある劇作の中で、あなたが最も愛する作品は何でしょうか。
そうですね、これまで私が一度も『ハムレット』を手掛けたことがないのは奇妙な感じがします。私が最も愛する作品の中で、まだ演出したことのないものの一つです。
シェイクスピアの『ハムレット』は、エウリピデスの『エレクトラ』に想を得たものです。この作品には迷宮と、人間の豊かな精神世界があります。『ハムレット』は、ドイツの劇作家・演出家ハイナー・ミュラーが言ったように、人間とは何か、人と呼ばれるこの未知なる者は何かというこの世の大きな疑問について、またハムレットの性質についての非常に深い探求なのです。人間の暗い側面を描き出すこの作品に、わずかばかりの光を当てるため私はそこに飛び込みたいと思っています。いつかこの作品を演出する日が来ることを祈っています。
それはギリシャで、またはヨーロッパで上演されることになるのでしょうか。
それはまだ分かりません。もちろんギリシャで、と考えずにはいられませんけれども。『ハムレット』は古代悲劇と深い関係があり、ハムレット自身もある種の悲劇なのですから。
ありがとうございました。
[ トロイアの女(ΤΡΩΑΔΕΣ)]
監督:Theodoros Terzopoulos
翻訳:Kostis Kolotas, 音楽:Panayiotis Velianitis, 衣装:Loukia Beikou
(*出演俳優は変更後のもの。)
へカベ:Aneza Papadopoulou
タルトュビオス:Antonis Myriagos
カッサンドラ:Elli Ingliz, Sara Ipsa, Hadar Barabash, Evelyn Assouad
ヘレネ:Sofia Hill
アンドロマケ:Niovi Charalambous
メネラオス/ポセイドン:Savvas Stroumpos
コロスリーダー:Erdogan Kavaz
インタビュー実施:第9回シアター・オリンピックス記者会見(東京)
開催概要・プログラム
https://www.theatre-oly.org/