(文:永田純子)
ギリシャの歌のジャンルのひとつ、レベティカが今年12月ユネスコの無形文化遺産に登録されることが決まりました。ギリシャの弦楽器ブズーキや、胴体部分が両手の平に収まろうかという程に小さく、ブズーキより甲高い音色が特徴的なバグラマを中心に奏でられる調べが特徴的な唄の数々は、辛く苦しい日々や麻薬、酒、裏切り、愛、憎悪といった困難な時代を生きた当時のギリシャの人々の人生を写したまさに流行歌であったのです。
しかし、100年の時を経てレベティカがこれほどまで鮮やかに今に残るのも単なる偶然ではありません。そこには研究者としての人生をレベティカに捧げた人々の存在や、テレビの力があったのです。
そんな研究者のひとりが、流行歌であったがゆえに体系的な考察が行われず、時代とともに散逸するレベティカの資料を後世に残し、その変遷の歴史を明らかにしようとするハードカバー・700ページ以上の重さ3.5kgにも及ぶ大書『レベティカ・トラグディア(ケルドス出版)』を著した作家イリアス・ペトロプロス氏です。
1979年(昭和54年)に初版が発表されたこの本は、レベティカの歴史をはじめ、失われつつあった当時の唄の歌詞、レベティカに関わる人々の写真や私信、レコードの売上伝票まで貴重な資料の数々を集め解説したもので、こういった地道な研究が「伝統」と呼ぶには歴史の浅いレベティカをユネスコの無形文化遺産として認めさせるための大きな力となったのは間違いありません。
また、この書籍の出版から程なくして、新天地を求めてギリシャのシロス島からアテネへ渡り、そこであるレベティカのバンドの一員となった男・アンドニスが繰り広げる愛憎劇がTV放送を開始しました。それが今回ビデオをご紹介するギリシャ国営放送(ERT)のテレビドラマシリーズ「ト・ミノレ・ティス・アヴギス(夜明けの唄)」です。
M. マッツァス作詞・S. ペリステリス作曲の同名の唄をタイトルに採用し、懐かしのレベティカの唄とともにストーリーが進むこのドラマから、時の流れとともに記憶の中から薄れつつあったレベティカの魅力を改めて知ったというギリシャ人は少なくありません。1983年(昭和58年)から翌84年まで2シーズン・全27話まで放送されたこのテレビドラマは、その後ギリシャ系移民の多いオーストラリアでも放送され好評を博しました。
博物館に大切に展示される展示物のように扱われるのではなく、今を生きる人々の生きている唄として、これからも愛される唄であってほしい-ユネスコの無形文化遺産への登録が、そのための有形無形の力になればと思わずにいられません。
(※ 前列向かって左・後列向かって右の男性が持つのがブズーキ、前列向かって右の男性が持つのがバグラマ。)